『公開シンポジウム-日本代表チームの未来について考えよう』の記録

2008年11月に行われた強化委員会主催の公開シンポジウムの記録です。

目次

  1. パネリスト紹介
  2. 基調講演
  3. 各パネリストからの一言
  4. 日本と世界の差 ~意識の持ち方
  5. 強化策について
  6. 選手の取り組み
  7. 環境面
  8. 中高生の強化環境
  9. 日本代表チームの目指すところ
  10. 大学クラブでの新人勧誘と強化
  11. 普及、広報
  12. 最後に、パネリストから一言

概要

【主催】 日本オリエンテーリング協会(JOA)強化委員会
【協力】 京葉オリエンテーリングクラブ、財団法人富津市施設利用振興公社
【日時】 2008年11月22日
【場所】 富津市民ふれあい公園ビジターセンター

司会進行:松澤俊行
パネリスト: 番場洋子、小泉成行、藤沼崇、円井基史、橋本浩一

  1. 趣旨説明(宮川達哉)
  2. 基調講演「世界における日本の位置」(鹿島田浩二)
  3. パネルディスカッション
  4. フロアを含めたオープンミーティング
  5. まとめ

パネリスト

松澤俊行 愛知教育大学 三河OLC

91年度東北大学入学。94年度のインカレロング2位。WOC(世界選手権)は99年に初出場し、その後通算7度出場。全日本選手権は00年度、03年度の2回優勝。03年には勤務していた民間企業を退職し愛知教育大に入学。現在は大学院に通う傍ら、培ったオリエンテーリングスキルと、教育の専門家としての知識を生かして、07年より松塾を開催。JOA強化委員。

番場洋子 堀場製作所

98年度京都大学入学後オリエンテーリングを始める。99年、00年JWOC代表を経験し、その後インカレロングで2連勝。04年からはWOC代表として活躍し、通算4度の決勝進出は女子最多。全日本選手権でもこの5年で4度優勝しており、誰もが認める女子の第一人者。08年夏に韓国で開かれたアジア選手権では3冠を達成し、世界的に名の知られているアジアを代表する選手でもある。日本山岳耐久レースで05年に女子20代の部で優勝した経験もある。

小泉成行 株式会社ケアフィット・ネットワーク ときわ走林会

98年筑波大学入学後オリエンテーリングをはじめる。4年生の01年度にインカレロング優勝。その後04年から5回連続してWOC日本代表を経験。04年度には全日本選手権2位。08年はEOC(ヨーロッパ選手権)から約2ヶ月の欧州遠征を経験、チェコのWOCではミドル、スプリント、リレーの3種目をこなした。09年1月より法的には個人事業主となり、会社勤務の傍らnoname代理店活動を本格化する。

藤沼崇 ES関東クラブ

03年新潟大学入学後オリエンテーリングをはじめる。05年度インカレミドル4位、06年度インカレロング4位。07年に就職して東京に移転、ES関東クラブに所属した後からエリートクラスでも上位に進出。特に最近はスプリントで強さを増している。08年ユニバーシアード(世界学生選手権)代表。

円井基史 金沢工業大学 多摩OL

96年東京工業大学入学。02年度全日本選手権4位。03年、06年WOC代表。現在はオリエンテーリングのほかトレイルランにも力を入れており、08年はOSJおんたけスカイレース4位入賞、日本山岳耐久レースで自己記録8時間44分。ウェブサイト「情報の共有化」(http://www.geocities.jp/ol_intelligence)を管理。

橋本浩一 武相学園中学・高等学校

中学時代は陸上部所属で主に短距離・跳躍競技を専門し、100mのベストは10″90。立教大学時代にオリエンテーリングをはじめる。2002年に創部した武相中学・高校のオリエンテーリング部の顧問として活動を続け、教え子の宇野夏樹がJWOC(ジュニア世界オリエンテーリング選手権)に通算3度出場。 JOA強化委員。

鹿島田浩二 荏原製作所 渋谷で走る会

中学校(桐朋)時代から怪物と称され、中2の夏の5日間大会ではすでに中学生・高校生を含むクラスで5日間完全優勝の実力を見せてつけていた(トータス HPより)。89年東京大学入学。91、92年度インカレロング連覇。91年よりWOC代表を長らく務める。94年度の全日本選手権優勝から12年経ち、 06、07年度と全日本を連覇した強さは記憶に新しい。JOA強化委員。

基調講演(スライドのみ)




























各パネリストからの一言

松澤:各パネリストの皆さん、今日のシンポジウムに参加するに当たって考えていること、聴衆の皆さんに訴えたいこと、他のパネリストに質問したいことなど、一言ずつお願いします。
小泉:先ほど鹿島田さんの講演の中でもあったが、日本の選手は決して努力をしていないわけではなく、「意識の持ち方」に問題があると思います。ヨーロッパでの長期遠征も多く経験しているので、ほかの外国選手と日本の選手の意識の違いというのはよくわかっているつもり。その意識をうまく変えられるようにと思い、今回、ここに座らせてもらった。今風にいえば「Yes we can!」、「できる」という気持ちがあれば大丈夫だと思う。
橋本:自分の仕事が中学と高校の教員で、オリエンテーリング部の顧問をしています。その中で、ジュニアの視点、中高生のこれからの動機付けという普及面を含めての話ができればと思っている。
円井:今回、鹿島田さんから話をいただいて共感して、ぜひ参加したいと思いました。たぶん僕が呼ばれたのは、普通のオリエンティアと違ってトレイルランニングにも力を入れていて、違う世界のトップ選手とも交流があるからで、そのへんの話も紹介できたらと思っている。あと、多摩OL(地域クラブ)も長く在籍しており、普及面、ジュニアの強化にも力を入れているので、そういった面でも話ができればと思っている。
番場:先ほどの小泉さんの話の内容に共感しました。鹿島田さんの基調講演の話の中にあった「日本チームが何年間か停滞している」という意識は、私はまったく持っていない。今、少なくとも女子チームに関して言えば、私の中では「どんどん伸びてきている」と思っている。もうあと一歩で、目標とする予選通過に手が届きそうなくらい力もつけていると思っているので、それに加えて、さらにどうすればもっと上にいけるかという意識、観点で今日はお話させていただきたい。
藤沼:僕は新潟大学という地方で中堅よりも少し弱い大学の出身です。普通はNT(ナショナルチーム)などにほとんど関わらずに卒業してしまうが、僕は運良く拾ってもらい、今回、NTに携われるようになった。地方の大学でも、インカレで目立った成績がなくてもやる気のある学生はいるし、そういう人たちにもっとNT の活動を知ってもらいたいと思っている。あとは、卒業して社会人になってからオリエンテーリングを続ける人が少ない中で、僕は中間層というか、大学を卒業してからさらに上を目指すことの難しさとか、自分が今取り組んでいることを話せればいいかなと思い、参加させてもらった。

日本と世界の差 ~意識の持ち方

松澤:番場選手は、日本チームは「停滞」という評価ではなく「力をつけている、さらに上に行くチャンスがある」という話をしてくれた。そのあたり、個人としての実感を含めて話を聞かせてもらえますか?
番場:私は世界選手権の予選通過を目標に何年間かやってきた。その目標の観点で行くと「トップ比何%」というのは意味がなく、「予選を通過したか、しないか」というのが私の中では重要な大きな壁である。その大きな壁に関していえば、2005年には出場した女子選手が全員予選を通過して、次の2006年には私だけでなく皆川選手も通過した。2008年にも私は予選を通過したし、「予選を通過できる、できない」という1つのラインを考えれば、この数年間を見た限りでは、予選を通過した人をたくさん知っている。

2004年までは、予選を通過した人をあまり知らなかったので、その壁がどの程度なのかわからなかった。トップ比120%とか130%というパーセンテージで考えていたが、そういうパーセンテージは関係なく、「あ、通過できるんだ」という意識改革がそこであった。

今も、少なくとも日本の女子は「あの人なら予選を通過できるんだ」という通過ラインが見えているだけでも、だいぶ違うんじゃないかと。それが2005年以降、大きく変わっている。今、その段階をさらに上にいかせるフェーズではないか、それが私の意識である。

松澤:大きなターニングポイントは2005年にあったと。補足すると、2005年は男子7名、女子5名が日本代表として日本の愛知県で開催された世界選手権に出場して、女子5名は全員決勝進出を経験した。それもあって、番場選手はポジティブになれたと。一方、男子のデータを見るとやはり厳しいことが見てとれる。連続で世界選手権に出場している小泉選手は、先ほどの数字、あるいはご自身の実感、世界との差というところではいかがですか?
(※注:WOC2005の女子日本代表は実際には6名)
小泉:世界との差という意味では、結果を見ても、タイム比にしても、男子の成績は、愛知をのぞけば予選通過は遠いという意識がある。なぜそうなっているか私もわからない部分はある。

ただ、この程度の走力、オリエンテーリングのレースをすれば予選は通過できるという感触は、男子の中にも確実にある。たとえば近年だと、複数年で予選を通過している山口大助選手が良い走りをすれば予選は通過できる。あのペースでいけば通過できるんだと。では自分はどれくらいで走れるんだろう、という目安は確実にある。ただ、それを目標に走れるというのでは(かつて村越さんがそうであったと思うが)、世界との差が縮まっているかどうかという話はできない。

世界を目指す指針は私たちも把握していて、目指すべきものは見えている。壁を越えるための目標は持っている、という実感はある。

松澤:小泉選手も通過のイメージは明確にある、と。では、やはり代表経験のある円井選手はいかがでしょうか?
円井:僕自身は、世界選手権では予選通過にはほど遠い実力だった。今、選手といいながらも、日本代表からは離れて活動している。その中で僕自身はもう少し厳しい意見を持っている。鹿島田さんや宮川さんがおっしゃったように、日本チームは世界選手権に30年間取り組んできたが、まだ予選を通過するかしないかのレベルにある。そこを何とか、予選通過を確実なレベルに持っていきたいと。僕の個人的な願望かもしれないが、20、30年後には日本選手が世界選手権のメダリストになるにはどうしたらいいか、個人的な興味もあって考えている。

近年では2005年の日本開催の世界選手権があって、そこでブレイクして「日本選手は予選通過は確実」というレベルくらいいけるのかなと思っていたが、 2005年を越えても、予選通過は厳しいという現状がある。いったいそれは何が足りないんだろう、と。

トレイルランニングの話も出たが、トレイルランニングの世界がまだ成熟していないこともあると思うが、日本選手がいきなり海外のレースで上位に入賞している実情がある。オリエンテーリングでは考えられないくらいの順位をとっているのはどうしてだろう、と。競技の成熟度の違いなのか、選手のポテンシャルの違いなのか……そのあたりをいつも考えている。今回のシンポジウムで、予選通過するには、世界で上位にいくための解決策が見つかれば思っている。

強化策について

松澤:鹿島田さんの基調講演にて、日本オリエンテーリング協会の強化体制、合宿の頻度、強化策の現状を見てもらった。それが十分なのか。不十分だとするとどこに力を注いでもらいたいのか、選手の声を聞きたい。まずNT入りして間もない藤沼選手、どうでしょうか?
藤沼:僕は強化指定B選手だったので、強化委員の方と直に接することはあまりなかった。強化指定選手になるともっと何かアプローチがあるのかなと思ったが、そういうことは特になかった。

オリエンテーリングは、競技の性質上、ごまかしがきいてしまうというか、できないことを他の部分で補ってしまうというところがあるので、弱点があるのに克服できずにいたままになってしまう、という面がある。もっと厳しく、たとえば「君はここが弱いから改善しなさい」と言ってくれてもよい。褒めてくれる人はいても、厳しく言ってくれる人がいなかった。

松澤:「組織内でのコーチングの体制が欲しい」というところか?
藤沼:そうですね。自己管理ができる人が多いから個人に任せているところもあると思うが、僕はそういう自己管理が苦手で、もっとそういう指導などを期待していた。
松澤:私も強化委員だが、他の選手からも、強化B選手こそ、NTに入ったばかりなのできちんとコミュニケーションの機会を増やしてほしいという要望も聞く。藤沼選手の話からもその一端を感じた。先輩の強化選手として、小泉選手、強化策への要望などあればお願いします。
小泉:私はこの数年間、強化選手だが、強化選手のメリットというのをいっさい感じていない。2005年の前までは合宿がたくさん開催されて、それに優先的に参加できるというメリットは感じていたが、その後の3年間は、合宿に出られる、国際大会に出られるメリットがあるというだけで、あとはほとんどメリットが感じられない。何のための強化選手制度なのか、と常々疑問は感じている。

強化も、何のためのどこを目標にした強化なのか。2005年は予選通過するという目標があったが、それ以降は、「予選を通過できればいいな」という共通意識くらい。全体として、この先10年間、20年後の日本の選手、オリエンテーリング界がどうなっていくのか、という長期的なビジョンを含めて、不透明なまま、行きあたりばったりでとりあえず参加しているという現状は感じている。

松澤:番場選手は個人としては、明確な予選通過の目標、基準も持っているとのことだが、強化策に対しては何か意見があるか?
番場:そもそもこの数年、強化策をあまり聞いたことがない。次の1年に向けて、何を重点的にやるかという話は聞いたことがないし、たとえば、今は何年後の世界選手権をメインに考えているとか、そういう話も少なくとも2006年以降はないと思う。強化に関しての問題は、目標、方向性が見えてきていないことだと思う。
松澤:橋本さんも強化委員として携わっているが、強化委員になってまだ日が浅いという立場から、または一個人としての意見を聞かせてほしい。
橋本:今、番場さんから強化策が不透明だという話があった。今回、このような場に臨むにあたって、ジュニアの話も聞いてきた。その中で、同じようなことを高校生も感じているというのがあった。大会には出るけれども、何を目指しているのかよくわからない部分がある。将来、このままオリエンテーリングをやっていけるのか、と。好きだからという理由でやっているが、不安な面もあると。

そのままで終わらせては残念なので、せっかく強化委員になったし、もう少し具体的に、たとえばジュニアならどこを目指すのかとか、委員としてどんなアプローチが必要なのか、考えていかないといけないなと思う。普及を含めて必要な部分かなと思っている。

選手の取り組み

松澤:選手個人の取り組みについて、まず円井選手より、結果が厳しいのは、個人的な取り組みに対しても課題はあるのではないかと。ほかの世界のアスリートもよく知っていると思う。ご自身も発信されているが、この場でも皆さんにご紹介いただければ。
円井:鹿島田さんのわかりやすい説明にもあったが、僕自身、オリエンティアのトップ選手と話したり、トレーニングを聞いたりして、尊敬に値するところもある。忙しい仕事の中であったり、工夫をして会社から支援を受けたり、あるいはそういう会社を選ぶとか。

付き合いのあるトレイルランニングの世界では、トップ選手は、プロに近い、もしくは公務員で比較的時間の作りやすい選手が多い。しかし、普通の多忙な社会人でも速い選手は多い。彼ら社会人ランナーと、日本トップオリエンティアとでは、トレーニング量もそんなに差はない気はする。しかし自衛隊やプロに近い選手、公務員の選手などは、今のオリエンテーリング・ナショナルチームの選手よりは、もう少しトレーニングしていると思う。距離でいうと、月に600km、700kmの選手もいる。

海外のトップオリエンティアは年間トレーニング900時間という話があったが、日本の男子だと500時間くらいの選手が多い。そういった部分で、日本のオリエンテーリング選手も、もう少しトレーニングできるのでは、と個人的に感じている。

あとは、小泉君も言うように、競技に対する意識もあると思う。競技のためにお金を稼いでいると割り切ってアルバイトをしたり、会社を辞めてでも遠征に行く、というくらい意識の高い選手も知っている。そういうところで、見習うべきところはあるとは思う。

オリエンテーリングの特性として、いかに森で練習するか、オリエンテーリングの回数を増やすか、北欧に行ったらいいかとか、そういう側面での問題もあると思う。強化策として、選手にどんな支援ができるか、お金の面とか、自分がどうしたらいいかという案は出しにくいが、何とかできればと感じている。

松澤:番場選手もいろいろな壁に当たっていく中で、現在は会社では以前よりも良い環境でできている、と。個人の取り組みという点では現状の日本チーム、あるいはご自身のことを含めてどうか?
番場:個人の取り組みを評価したり発言したりする際にも、目的が何かということを明確にする必要があると思う。たとえば予選通過が目的であれば、私は今の日本の選手の取り組みは個人として非常に準備もしていると思う。まだ十分じゃないから全員が通過していないのかもしれないが、十分にできる環境に整えることは可能だと思う。今の環境でも十分にポテンシャルを出せば目標は達成できるレベルだと思っている。

ただし、目標が、日本の中から世界選手権でメダリストを出したい、ということになってくると、個人の努力という点でもまだまだ不足だと思うし、選手のポテンシャルという面でもまったくもって不足だと思う。そこを切り分けて考えなければいけないと思う。少なくとも予選を通過するという目標の範囲では、劣っているということは全くないと思う。

松澤:小泉選手もご自身で環境を変えられたところがあると思う。自身の経験、海外の選手を見ている中ではどうか? 先ほど、意識の持ち方、という話もあったが。
小泉:私の職場は、多少理解はあるが、実質フルタイムでやっている。ほかのみなさんと環境が違うとは思っていない。私たち同世代の選手たちはみな、予選通過を目標にずっとやってきて、それに対するコミットメントというか、努力は十分してきていると思う。10数年前は、村越さんと鹿島田さんしか持っていなかった予選通過のイメージを、少なくとも今年世界選手権に参加した選手はみな持っている。そういう選手が複数人いるという面でも、レベルアップしている。目標のレベルも良いものだと思っている。

世界チャンピオンになる、世界選手権でメダルを取る、あるいは予選を確実に通過する、という目標があるなら、本当にそれを望むなら、私は北欧に行くべきだと思う。向こうはいつでもオリエンテーリングができる。環境面、選手層の面でも向こうに行けば速くなるのは確実。

先ほど鹿島田さんより紹介があったように、世界トップ選手はみな北欧に数ヶ月は住んでいる。日本選手がそれをしないというのは、どこかで、そこまで人生をかけてオリエンテーリングをやっていないのかもしれない。逆にオリエンティアというのは世界的にも賢い人が多くて、分析能力やマネジメント能力が優れている。先ほどの鹿島田さんのように数字を使ったデータをとって分析したりするのが優れている。逆に、そういうのが日本選手にとって足かせになっているところもあるのかな、と思う。たとえば、北欧に行くときにいくらかかって、失敗して日本に戻ってきたら就職がないかも、と心配したり、打算的な考えをしてしまうと怖くて決断できないと思う。私が北欧に行って現地でトップ選手と話していて感じたのは、彼らは、失敗することを考えていない。「絶対にできる、やるんだ」という気持ちでやっている。そこがまず違う。

たとえば女子だと、宮内さんが大学に入ってからマラソンを始めて良いタイムを出したというのは有名な話だが、普通の人だったら陸上経験がないのにサブスリーを達成できるとは思わない。ただ、彼女は絶対にできると思って、ひたすら走って達成した。そういう「無謀さ、無鉄砲さ」というのが、成功のためには必要。日本のオリエンティアにはそういう賢すぎる部分があるのかなと。

オリンピックで活躍した選手も、失敗することを考えずにやってきている選手が多い。「無鉄砲さ、無謀さ」というのが足りてないのかなと思う。

環境面

松澤:今の話から北欧の環境面の話も出た。北欧の話も聞きたいが、日本の中でもオリエンテーリング活動に向いている場所とそうではない場所があると思う。円井選手、関東から北陸に転居されて、オリエンテーリングを続けるという面では苦労もあるのではないかと思うが。
円井:大学から10年くらい関東にいて、この4月から北陸に移った。北陸では競技性の高い大会が少ないのは当然というか、関東にいた方が大会には出られる。

個人的な仕事の都合で、2004年くらいまではけっこう大会に出ていたが、それ以降はあまり大会に出られていない。オリエンテーリングの回数は減って、走力に特化したトレーニングになってきた。日本代表の紺野君とかは、常に週末は山でオリエンテーリングをやっていると聞くし、他のNT選手でも北欧に数ヶ月オリエンテーリング遠征をしたという話も聞く。目的にもよるが、トレーニング環境は工夫次第だと思う。

世界チャンピオンのジョルジュはトレーニングの半分は山でやっていると聞いた。そういう形でできれば理想かなと思う。

松澤:逆に、新潟で学生時代にオリエンテーリングを始めて、最近関東に移った藤沼選手はいかがですか。日本国内の環境の良し悪しという面で考えるところがあれば。
藤沼:新潟というところはテレイン(オリエンテーリングを行うフィールド)が壊滅的にない状態で、月に1回オリエンテーリングができればいい、という感じだった。オリエンテーリングができることはすごく貴重なことだった。だから1年のプランを立てて、この大会ではこれくらいの順位を出したい、と目標を明確に立てて臨んでいた。

関東に移り住んできて、すごく環境が恵まれていると思った。その中で、電車で何分というところでオリエンテーリングができるところにいるオリエンティアを見てきて思ったのは、準備が足りないというか、ハングリーさが足りないというか。オリエンテーリングができることが当たり前になっていて、逆にそれに対する準備が甘いというか、もったいないなと。特に学生を見て、こんなにオリエンテーリングができる機会があるんだからもっと速くなれるのでは、と感じる。

今は僕自身も、オリエンテーリングが毎週のようにできることが当たり前になり、それに甘んじている部分がある。だから、毎週、ただ漠然と参加するのではなく、ターゲットを絞って取り組んでいくという考えを持つ人が増えたほうがいいと思う。

松澤:橋本さんは、中高生がオリエンテーリングを行う上での現在の環境についてどうお考えか。
橋本:以前より公園の大会が増え、スプリント系の大会が増えた。中高生が全く経験のない中でやるという上では、環境はだいぶ整備されて良くなっていると思う。やはりいきなり山に連れていくのは怖い。ある程度経験があればいいが、全く知識がない中で山にほうりこむのは危険がついてまわる。

パーク系のスプリント系の大会が増えて、世界でも行われるようになってきているのは、中高生に良い環境になってきていると思う。普及の上でもスプリントは今後、すごく使えるんじゃないかと。それが最終的に山の方に進展していけばいいんじゃないかなと思っている。

松澤:小泉選手は大学で北欧のオリエンテーリングクラブを研究した経験もある。事例を含めて環境についてお話いただければ。
小泉:環境について北欧と日本を比べると、まったくすべてが違うと言ってもいいくらい。北欧は日本で言われる地域クラブがしっかりしている。そこには老若男女問わず多くの選手、愛好家が参加して、クラブの代表が、日本で言う県協会を組織し、その代表が国の連盟を組織している。日本でいうJOA(日本オリエンテーリング協会)から地域クラブまでが一体となって、自分たちの国のオリエンテーリングという意識を持ってやっている。日本はどちらかというと今までのイメージだとJOAはお役所的な立場で、俺たち(地域クラブ)は勝手にやるんだ、と。

北欧ではジュニアの普及にとても力を入れている。スウェーデンではこうした(テキストを見せながら)県協会で作った冊子を配っていて、10歳くらいの子どもたちに地図の見方、等高線の読み方をテキストで教えて山に行こうという取り組みをしている。そういう下地があるからこそ家族の中で(オリエンティアの)子どもがオリエンテーリングを始める環境や、つながりのなかった子どもたちもスムーズに入っていって若手が継続的に参加していくという環境がある。

日本でそういう環境があるかというと、組織だった指導法がなくて、個人的な選手のつながりで教わるということが中心になっていると思う。日本にも村越さんや松澤さんが書いている本があり、内容はとても良いと思う。こういうのを高校や大学で、みんなで読んで、わからないところは講師を呼んで調べよう、という取り組みをしているのは少なくとも私の周りにはいない。逆に日本人はどうやったらオリエンテーリングがうまくなるかという疑問がある。日本でオリエンテーリングを始めた人は、基本的には手探りで、近くに速い人がいればいいが、それで20代後半まで代表に届かない、ということにつながっていると思う。

逆に聞きたいのは、藤沼選手なんかは新潟で強いOBもいない中で、どうやって成長してこれたのか?

藤沼:たとえば、世界と日本の関係は、関東と新潟の関係に似ているのかな、と(笑)。テレイン的には恵まれていないし制限がある状態だと思う。その中で、恵まれている人に勝とうと思ったときに、まずオリエンテーリングのテクニックで経験を積むのはなかなか難しいと思ったので、1回1回の練習でいかに課題を持って濃密に時間を過ごすか、ということを考えた。そのためには、その時間の中でどれだけオリエンテーリングをこなせるか、というために、まず体力をつけてフィジカルのベースで、技術的に勝っている選手に勝てなければ先は見えないんじゃないかなと。体力トレーニングくらいしかできることがなかったのでまずフィジカルを徹底的に強化して、できる範囲で技術をつけていこうということから始めた。

最近特に中国の選手なんかは、フィジカルのベースありきでオリエンテーリングが強くなったと思う。アプローチの仕方としては、まずフィジカルを強くしてから技術をつけていくというやり方を浸透させていってもいいのかなと思う。

松澤:番場選手は、中国選手との交流があると思うが。
番場:有名な話だが、中国のリー・ジーという選手は、シドニー五輪で1万メートル7位の選手。ただリー・ジーさんと比べてほかの中国選手が走力的に劣っているかというと、見た感じ、そんなことはまったくなかった。簡単に言えば、皆さん、フィジカルはアホみたいに強い。その上で、中国選手は2ヶ月前に世界選手権開催地に入って、とことん現地で練習して、今年はリレーで結果を出したという状態。

ただ皆さんが見えていないところとしては、実は中国選手は5人行っていて、5人とも結果を出していたかというとそうではなくて、2人出ていない選手がいる。身体が強くてもやっぱりオリエンテーリングができない、いつまでたっても大きなミスをしてしまうという選手もいた。全員走力が強いからといって全員結果が出せるわけではない。しかしベースがあれだけ強い選手がいれば、そのうちの何人かは必ず結果を出しているというのが現状だと思う。

松澤:補足すると、中国選手は今年世界選手権で女性5人登録があった。個人3種目とリレーで12枠あるが、3人でその12枠を埋めている。あとの2人は2ヶ月合宿したにもかかわらず出走できなかったという現状がある。

中高生の強化環境

松澤:フロアも交えての時間にしたい。まず私から伺いたいのは、先ほど橋本先生から中高生の環境について強化をいただいたが、東海高校の大野先生にも中高生がオリエンティアをしていく上で日本の環境はどうか、というところを評価、ご感想をいただきたい。
大野:まず実際の話、中高生のオリエンティアはざっと100人くらいしかいないかと思う。

明日の選考会に向けて、8月のJWOC(ジュニアオリエンテーリング選手権)の選考基準ということで3000m10分(男子)という明確なものを出していただいて、東海の場合はこの3ヶ月、それを頭において今回4人来た。(1週間、2週間で結果を感じさせるのは難しいが)3ヶ月くらいの短期で目標を掲げて取り組むのは、中高生はできるかな、というのをこの10年やって感じている。実際に今回も3000mで1~2分のスピードアップをしてきた。学校の1学期、2学期というサイクルにちょうど合った目標を持っていくのはやりやすい。

先ほどあったように代表レベル、世界とかの目標を持たずに、偶然、世界ジュニア選手権に選手を出していたところもある。これからは今日聞いた話が目標の1つずつになって、うちの学校だけじゃなくて、100人でも200人でも日本中の中高生がそういうものを目指していくことは十分やれるんじゃないかと。この3ヶ月でもすごく実感した。こういう場で目標になることを聞いたり、実際に数字を聞いたりするのはすごく大事だなと実感する。

松澤:最近は東海高校を卒業して大学でもやっている大野選手の教え子も目立つようになってきた。高校時代はインターハイという目標があるが、大学で新しい目標を見つけるときにどう取り組んでいくのか。残念ながらそれが見つけられなかった事例など、感じることがあればお願いします。
大野:東海のオリエンテーリング部は発足して11年、12年で、OBの大学4年生までそろったところ。僕が感じているのは、高校3年までやれた子は何らかのかたちで大学でもやれている。一番の動機は、上を目指すというより、今は後輩のことを考えてくれているところ。後ろにつないでくれるというか、自分のことよりも、後輩のことを考えてやりだしてくれている、というのも大きかった。僕がそういうのを、中1くらいの頃からよく言うので。「また学校に来てOBとしてやってほしい」と。それが社会人になってようやく、いろんな形でできるのかなと思う。彼らが自分の道をどう描いていくかというのは、なかなか、JWOCの先にはまだ……僕も与えられていないし。とりあえず今は、後輩に姿を見せてくれるということでやれているところがあるのかなと感じている。

日本代表チームの目指すところ

円井:シンポジウムのタイトルに「日本代表の未来について考える」とある。先ほど、目標がチームとしてないとか、目標によってトレーニングが変わるという話があった。日本代表チームは今後、どうした目標を持っていけばいいかというのを、各パネリストの皆さんに聞きたい。
藤沼:2005年が一つの大きな目標で、2005年が2002年くらいから何年もかけて準備した結果だと思う。今、1年ごとに目標を定めていると思うが、それでうまくいっていないということは、2年とか3年とかのスパンで目標を立ててやっていった方がいいのではないかと。たとえばサッカーのワールドカップが毎年行われていたら、日本は浮き沈みもあると思うが、4年にあわせて長期的に取り組むことでうまくいっているところはあると思う。
番場:私も数年単位というか、まず目標としては、世界選手権でチーム全員が予選を通過することができていないので、近々の目標としてそういうものを定めることが今の日本チームにとって現実的だと思う。その近々の目標を何年先に設定するか考えたときに、世界選手権のテレインも考慮するべきで、正直、対応できない国はあると思う。日本選手はそんなに長く現地で調整できるわけではないので。(この先3、4年の世界選手権が決まっているので)結果が出せそうなところに注力して、毎年そこにトレキャンに行くという過程を経て結果を出す、と。短期的に見たときの目標設定としては良いんじゃないかと思う。

それだけだと夢が見られないという意見もあると思うので、今、ジュニアで足の速い人たちを10年後のこの大会を目標にして育てる、という長いスパンでの目標を立てることも一つだと思う。

松澤:今、世界選手権の話が出たが、番場選手はアジア選手権で、個人3種目で優勝している。アジア選手権は、日本のOL界はどう位置づけていくべきだと思うか?
番場:(位置づけとしては)高いものにするべきだと思う。ただ、もし中国勢が本気で来た場合、アジア選手権で勝ち続けるという目標は、世界選手権で上位入賞するという目標とイコールになる可能性がある。もし、あの中国に本気で戦い続けるようになるチームを育てる意味になるとすれば、もう少し別の策が必要になってくると思う。
円井:日本オリエンテーリング界の未来として、僕自身は、オリエンテーリングをもっとメジャーにしたいと思っている。夢は大きく、いつか世界チャンピオンを出すというくらいを目指して取り組むのを視野に入れて。たとえば20年後、10年後、5年後という長期的な視野で。夢を大きく持ってほしい。
小泉:選手個人の気持ちとしては予選を通過したい、と思っている。私自身、世界チャンピオンになりたいと思っているが、年齢的にも厳しいかなと。ただ、私が携わった将来、誰かが世界チャンピオンになってほしいという夢はある。

ただ、このシンポジウムの根本から崩す話になってしまうが、そもそも今の日本が強化に取り組むべきかどうかというところも、JOAとしては考えないといけないところだと思う。大学生オリエンティアの数が減っていると見られる中で、確実に愛好家も減っているし、この先、先細りする中で、JOAとしては強化している暇があるのかと。そこも考えないといけないと思う。

先ほどの世界選手権の予選通過という目標にしても、アジア選手権で勝つという目標にしても、(個人としてはライバルに勝つ、という闘争心の達成にはなるが)国、協会としてその目標を達成したからって何になるの?、と。「勝ったから嬉しい」で終わらせるわけにはいかないはず。たとえば、優勝したという事実をもとにマスメディアに流して、普及につなげる、この業界を活性化させるといった大きな視点での政策がやはり必要になってくると思う。

松澤:長い間、日本チームの浮き沈みを見ている鹿島田さんはいかがですか?
鹿島田:小泉君が言ったことに近い感覚を持っている。20年後の目標をつくるのは、日本のオリエンテーリング界で強化とはまた違うものだと思っている。直近で今ある代表チームが世界選手権で予選通過するというステップ、短期的な目標は、強化委員が取り組む強化活動だが、もう少し長い目で見れば、それはまた違った組織、取り組みとなるだろう。ピラミッドの上だけ引っ張るのではなく、もっと裾野が広がった上で、とイメージを持っている。そういう意味での(裾野を広げる)策がオリエンテーリング界全体になければ、なかなか難しいと思う。20年後を考える大きな皿という意味で、今日があるのかなという思いでいる。

大学クラブでの新人勧誘と強化

番場:日本のオリエンテーリングを支えているのは、愛好家を含め、大学のオリエンテーリング界だと思う。大学オリエンテーリング界が先細りする中、東北大学は毎年、すごい選手をしっかり入部させている。その新人勧誘の秘訣、どういったことをPRすることによって強い選手がそれだけ入るのか、東北大の方にお聞きしたい。

オリエンテーリング部に誘うときに、競技色を出してしまうと、新入部員がやめてしまうという話もよくある。どうやって強くさせているのか?

日下:新人勧誘については、実はよく分かっていないが、競技的な部分も出していると思う。

強化の部分は、トレーニングに関しても強制しているわけではないので、部の雰囲気ということになるかもしれない。藤沼さんも言っていたように、地方の大学は練習環境があまり良くない。大会になるとレンタカーで移動したりしてハードな環境でやっているので、そこで(環境に恵まれている)関東に負けたくないと思ったりして強くなっていくのかなと。

番場:京都大学は昔と比べるとどんどん数が減ってきてしまって、競技色を前面に出さないほうがいいという風潮が流れる時期もあった。そうすると競技オリエンテーリングとしては細くなってしまうという意識があったので、どうすればそこを両立できるのかなと。
松澤:藤沼選手は先ほど、個人的な取り組みでフィジカルを強くするために一生懸命練習をしたという話があった。それは部の雰囲気として共通するものはあったのか?
藤沼:全くなかった。僕だけ浮いていた(笑)。1人で黙々と走っていて「何やってるんだろう、あの人」という存在だった。飲み会でコミュニケーションをしつつ、何とか部にはいたが(笑)。

東北大の普及を同期に聞いたことがあって、たとえば「インカレ、優勝」「インカレ、入賞者○人」というのを、新勧のときにアピールして、陸上やってたような人を積極的に引き入れたというのを聞いたことがある。

松澤:私が東北大学にいた時代は相当前だが(笑)、新人勧誘で競技実績をアピールしていたというのはそのとおり。学校公認の運動部だったので、運動部の情報をまとめた冊子だったり、校舎の前で、1日5クラブずつPRする時間があって、そういうときにも出してもらえる。そこでも部の実績を打ち出し、目標の大会を打ち出していた。その点については伝統というか続いているのではないかと思う。

普及、広報

小泉:オリエンテーリングは、私たちよりも上の世代は、番場さんも言ったように「地図を使って誰にでもできる知的なスポーツ」というレクリエーション的な要素を含めたスポーツという意識があると思う。私の大学でもそうだったが、最初はみんなで遊ぶものだと誘われたのがインカレに連れていかれて、やめてしまう人がいれば、私たちのように「面白い」と残る選手もいる。昔は大学に入ればサークルに入るのが普通で、たくさん入れて半分やめても残る人も多いからOKだった。最近は、サークルに入る人も減ってきている現状がある。その中で、オリエンテーリングの普及の仕方、強化のための人材確保という意味でも、今のやり方でいいのかというのがある。

オリエンテーリングは、実際は道なき道を進むハードなスポーツ。それを最初から前面に押し出していけば、学生のみならず社会人でスポーツ経験がある人をもっと取り込むとかできるのではないか。トレイルランニングは今すごく盛んだが、学生でやっている人はあまりいないと思う。社会人になって30歳前後でやっている人が多いというのは、昔スポーツをやっていて、新しいことをやってみようという挑戦心も煽っているんじゃないかと思う。

あとは、結果の捉え方という意味でも、マスメディアにもっと積極的にPRするべきじゃないかと思う。たとえ世界選手権で予選落ちでも、ターザンとかアドベンチャースポーツマガジンとか、いろんな雑誌があるので、そういうのに取り上げてもらっていろんな人に知ってもらう取り組みは、人材を確保する意味でも必要だと思う。

たとえば、私は今、国内で3連勝している(笑)。ローカルな大会で3回勝っても皆さんは意味ないと思うかもしれないが、私がブログで「3連勝しました」と書くと、会社の人などに「小泉さん、また勝ったんだ、すごいね」と見てくれる。オリエンテーリングの選手はアスリートなんだというPRになる。自分たちを売り出していくというのは、このスポーツが残っていくためにも強くするためにも必要だと、常々感じている。

円井:今の話に関連して、たとえばトレイルランニングで普及に成功した要因の一つとして、ある有名なカリスマランナーがいるのだが、彼は、どこのレースに行くという情報を、過去に取材を受けたメディアなどにどんどん発信していると聞く。そうすることによって、マスメディアや雑誌社も「あ、そうなんだ、面白そう」と取り上げるようになる。そういった選手側、もしくはJOAといった組織側が、こまめに外に発信していくことは大事かなと思う。

オリエンテーリングは内輪で楽しんでいる側面が強いので、今後はそれをいかに外に向けて発信できるか。そういうところで普及につなげて、ピラミッドの底辺を広げる活動をしていけばいいかなと思う。

松澤:番場選手や紺野選手は、地元の有力新聞に載っているようだが、いかがですか。
紺野:私は福島民報というローカルな新聞に記事が載った。地元の知人などから連絡がきたり、反響はあった。PRにはなっている。高校時代は陸上部だったが、同級生が大学に入って自分がオリエンテーリングをやっているのを知って「自分もやってみようかな」という声も出たりする。あんな記事でも反響はあるので、どこかで誰かが見たり、友達が始めるきっかけにもなるかもしれないと思う。
松澤:栃木県の有力紙に載った渡辺円香さんはいかがですか。
渡辺:下野新聞というローカルな新聞に載った。やはり反響はあった。知り合い、親戚関係、いろいろ。職場に持っていったら、上の方からも応援メッセージをもらった。やはりそういうのは有効だと思う。今日皆さんの話を聞いていて、世界大会が終わった後に一言、報告を入れればよかったなと。今後、生かせればいいかなと思う。
松澤:橋本先生は部員数確保のためにPRなど何かしていることはあるか。
橋本:4月とかに勧誘期間があり、そういうときは生徒だけでなく父兄も学校に来るので、部員を使いながらビラを配ったりPRはしている。クラブとしてやっていると、自然と「そういうスポーツがあるんだ」と認識される部分がある。学校の部活動としてやるとかなり発展すると思う。たとえば小学校とか、何かしらのかたちでスプリントレースとかも出てきている。
松澤:先ほども話に出たスポーツとしてやるのか、レクリエーションなど別の側面で考えているのかは、いかがでしょうか。
橋本:やはり、そもそもオリエンテーリングがスポーツとして認知されていない。何をしているかわからないけど、スタンプラリーのようなイメージで「自分にもできそうかな」と入ってくる子が多い。だから「バリバリ運動したい」という子はなかなか入ってこない。僕が思うのは、オリエンテーリングをレクリエーションということでもそれはそれでいいが、競技として普及することが最終的に強化につながると思う。
池 :9月に運営した中日東海オリエンテーリング大会の中で、トレイルランの要素の強いクラスを作って、オリエンテーリングの普及も兼ねてやった。円井さんはトレイルランの大会に出られて選手とも交流があるが、トレイルランナーの若手の実力者にオリエンテーリングを紹介して興味を持ってもらい、実力を伸ばしてもらってオリエンテーリングの強化につなげるというアプローチもあるのでは?
円井:多摩OLでもランナー向けのクラスを用意していて、アンケート等でも好意的な意見も多い。しかしながら、僕の印象としては、ランナーがオリエンテーリングをやっても、あまりリピーターとして後に続かないかなと感じている。

トレイルランニングが強い選手で、オリエンテーリングに興味を示したり、本気で取り組もうという人は残念ながらあまりいない。地図読みがネックになっているところもある。最初の1、2年は足が速いのに負け続けるという経験も出てくる。2003年頃に、2005年の世界選手権に向けて、宮川さんが、鏑木さんや自衛隊の選手にオリエンテーリングへの転向を促した取り組みをした例がある。鏑木さんも「2~3年で(世界に通用する)ナビゲーションを覚えるのは無理」とオリエンテーリングには取り組まなかったという例がある。やはり1度社会人になってトレイルランニングで上位に入っている選手をオリエンテーリングに持ってくるというのは厳しいかなと感じている。

僕が考えているのは、もう少し早い段階で、中学や高校の陸上部、山岳部の選手を持ってくるというもの。ポテンシャルの高い若い選手を強豪オリエンテーリング部のある大学で鍛えてもらって、世界選手権につなげるという道がいいかなと思っている。

もちろん、マラソンやトレイルランニングは今ブームなので、そういう選手をロゲインに持ってくる道もある。ロゲインだと、皆さん、すごく楽しいと言う。そこから地図読みに興味を持ってもらって、そこからオリエンテーリングに入ってもらう。さらに、彼らの知り合いや子どもがオリエンテーリングに興味を持ってもらえるかもしれない。そういう道筋はあるかなと思う。

最後に、パネリストから一言

藤沼:今日も話に出たスプリントは、見せる要素が強いので、メディアや初心者に訴える意味でももっと活用していった方がいいと思う。全日本スプリントやインカレスプリントなど、スプリントに力を入れていくというのは賛成できる。
番場:私も先ほどのメディアに見せるという観点から、スプリントは重要だと思う。あとは写真など、わかりやすくかっこよく見えるようなものが重要かなと最近は思う。私は会社に支援をいただいており、報告の義務がある。定期的に社内報に写真を載せないといけないが、なかなかかっこいい写真がない。被写体の問題も大きいと思うが(笑)。トレイルランだとゴールのときは楽しそうにゴールするので、かっこよく見える。オリエンテーリング中の写真では往々にして苦しい表情で、良い写真を探すのが大変。

このスポーツはかっこいいんだよとPRすることがすごく難しい。PRという観点でいうと、さわやかにかっこよく写真に写ることも大事だと思う。そういうことも含めて、もっとうまく見せられるように、トレイルランのように、みんなが「やりたい」と思えるような雰囲気をかもし出せるような、大会なり業界になっていけばいいなと思う。そのためには皆さんの笑顔、およびイケメン君とかの活躍が期待されて、やっている人たちが全体として良い雰囲気になっていくことが重要かなと思う。

円井:言い忘れたこととして、お金の問題があると思う。やはり強化とか普及、広報において、資金なり人材、リソースの問題があると思う。それをどう確保するかという問題と、どう分配するのか。そういうことも今後、議論していった方がいいと思う。たとえばJOAの資金の使い道を皆で考えるとか、企業の支援を集めるとか。2005年の日本開催の世界選手権に向けても資金集めはやったと思うが、その反省を踏まえて今後、発展していくためには、どうリソースを集めていくかというところでも議論を深めていければと思う。
橋本:個人的には、今後も「楽しく」活動していけたらいいなと思う。今までも、生徒に指導するというよりは、自分も楽しんで生徒も一緒に楽しもうというスタンスでやってきている。それで生徒もついてきて普及にもつながっていると思うので、今後もそのスタイルでやっていきたい。

ただ、強化委員の立場としては今日、耳の痛い話もあった。それらを参考にして、今後、どうすれば世界に通じるかというのを含めて、普及、若年層に対してどうアプローチしていくか考えていきたい。

小泉:特に若い人に聞いて欲しいと思っていたことが3つある。1つは、さっきも話に出した「無鉄砲さ、無謀さ」。失敗を恐れない気持ちというのは大事。せっかくあるチャンスを逃さないで欲しい。もう1つは、メディアへの売り方、PRの仕方について、もっと傲慢さを出すこと。オリエンティアは営業タイプが少ないと思うが、もっと自分を売り込むんだという姿勢は絶対に必要だと思う。

明日のスプリント選手権、私はいろいろな理由で出場しないのだが、人への見せ方という意味では、これは決して運営に手を挙げたクラブへの批判というわけではないと断った上であえて言えば、スプリントというのはそもそもマスメディアに売るために始まった種目のはずが、なぜ最初のスプリント選手権を人気の少ない山奥でやるのか、と。たとえば、代々木公園でやることも可能だったはず。そこにもっといろんな人に来てもらって、オリエンテーリングを見てもらう必要があると思う。代々木公園だと競技の公平性に関わるとか問題はあると思うが、そのへんはある程度犠牲にしてでも売りつけるという「がめつさ」は全体にも必要だと思う。

最後に、円井さんからお金の話が出たが、たとえば、個人的に海外遠征に行きたいけど、お金がないからいけない、というのはナンセンスだと思う。たとえば、ある会社の社長に土下座してでも「行かせてください」と言うとか、その人の心意気が通じれば援助を出してもらえるかもしれない。オリエンティアはそういう意味では賢すぎるし、傲慢さが足りないし、人に頼ることも足りないなと。私自身もそうだったが、「本当に成功してやるんだ」という気持ちが、全体的に足りないんじゃないかと思う。

特に若い選手に向けて、最初に「Yes we can!」と言ったが、「絶対にできるんだ」という気持ちがあれば、道は開けると思う。世界チャンピオンになるという夢も決して夢ではないので、追いかけてもらいたい。